教育連携高等学校
広域通信制単位制 さくら国際高等学校 【SINCE 2005.7】
【学校法人上田煌桜学園 】 学校長 土屋 範芳
地域も学校もプラスになる関係の中で、楽しさを実感できる高校生活を・・・
2009年4月、さくら国際高等学校(長野県上田市手塚)の新校長として、上田市教育委員会教育長を努めていた森大和氏(2009.4~2022.8)が就任した。2005年10月に教育特区に設立された株式会社立の高等学校であるさくら国際高校は、廃校となっていた小学校の校舎を再利用し、地域と密着した学校運営を行う中で、高い信頼を得ることに成功している。教育長という立場で学校の設立に外部から関わり、学校の運営に携わった森大和前校長(2009.4~2022.8)に、設立の経緯や同校を取り巻く現状などについて聞いてみた。
地域に信頼される学校をつくる
さくら国際高校設立で、上田市教育長としてどのように関わられましたか?
あれは2004年だったのですが、当時私は上田市の教育委員会におりまして、特区制度ができたということを聞いて「面白い制度ができた」という話は内部でもしていました。その中で、現在さくら国際高校の理事長である荒井裕二先生の方から、「上田の地に特区制度を活用して学校を開設できないだろうか」というお話をいただいたのです。
もちろん市長にも話があって、市長からどうだろうかとの打診があったのですが、この話がある前から市として学校教育のあり方についていろいろと考えていました。例えば現在の教育制度では就学前、小学校、中学校と制度上切れてしまっていますが、子ども達の一生というものはずっとつながって流れているわけで、そこをなんとかしたいということで小中一貫校をつくったという経緯もありました。
また、当時、市の教育行政として、特に力を入れていきたいという思いを強くもった理由のなかには、上田市は、不登校の子どもの出現率が長野県内で最も高かったということがありました。現在は少なくなりましたが、当時は不登校の子ども達が、中学を卒業するとそこで放り出されてしまうということが現実にあって、このままでよいのだろうか、何かできないだろうかということを市長とも話をしていたのです。そこに、不登校など不安な思いを抱えている子どもたちへの対応をずっとやってこられた荒井学園長から通信制高校創立のお話をいただいたのです。タイミングとしてもとてもよかったのではないかと思っています。
株式会社立の学校ということで、不安な点などはなかったのでしょうか。
最初にお話をいただいたときには、学校法人立でもない地方公共団体立でもない株式会社立の高等学校ということで、正直なところあまり具体的なイメージが湧かないところもありました。また地域のみなさんは、これは一般的な感覚として当然かと思うのですが、「やんちゃな子が集まってきて地域をかきまわされるのではないか」という心配もあったようです。
そのような不安を抱えたままでは話を進めることもできませんので、その不安を解消するために実際に東京で荒井学園長がやられている学校(東京国際学園高等部)を見学に行きました。そこで学校運営や経営の方法を見せてもらったのですが、これなら間違いないだろうと確信できました。そこからは市としても全面的に賛同して推進しましたし、地域の方に対しても荒井学園長が何度もその機会をつくり、しっかりと説明していただいたこともあって出席者全員の賛成を得て、順調にスタートすることができたのです。
新しい事業は、「どのようなスタートが切れるか」ということが重要で、反対がたくさんあるなかでごり押ししても、絶対うまくいきません。そういう意味での準備は、学校としても、大変な苦労はあったことと思いますが、誠意をもって対応したことが、様々な困難を克服することにもなり、現在のような学校に発展したのではないかと思います。
特区の認可を受けてから開校まで非常に動きが早かったと伺っています。
実際に「やろう」という方向で固まってからは、非常に話が早かったですね。2005年8月に認可を受けたのですが、その年の10月にはもう開校という運びになりました。これは「次年度の4月からスタートするためには予め10月からやっておいたほうが、生徒募集もしやすいし、スムーズに新学期に入れるだろう」という荒井学園長の考えがあったんです。したがって行政としても急げるだけ急ごうということで、手続きを進めたということですね。
ふりかえってみると、やはり荒井学園長の熱意が周囲の人も含めてすべてを動かしたのではないかと思います。校舎となる施設も完全に廃校になっていて、すぐに授業が出来る状態ではなかったのですが、先生方が頑張って、10月に間に合うように整備したようです。設立に関わったすべての人が本気で取り組んでくれたその結果としてよいスタートが切れましたし、よいスタートが切れたからこそ、地域も全面的に応援してくださる、現在のようなよい関係を築くことができたのだと思います。
不登校生の受け入れ先として地元の学校の理解を得る
既存の学校との関係はいかがでしょうか。
小・中学校や高校が一堂に会して協議する機会を設け、地域の教育のあり方について議論するということは以前から行っていました。新しい高校ができるということについて、校長会の受け止めには、違和感はまったくなかったですね。他の高校としては、「不登校生を受け入れてくれる学校ができる」という認識だったかと思います。前にもお話したようにこの地域では不登校の出現率が高いという問題を抱えていたこともあり、そういう学校ができるならむしろ歓迎したいという見方もあったのではないでしょうか。
現在、さくら国際高校全体の生徒数は800名を超えていますが、本校に通ってくる「通学型」の生徒は105名、集中スクーリング型の生徒が27名います。当初、近隣の中学・高校では、単に「不登校生を受け入れてくれる」というだけの認識だったかとも思うのですが、最近では高校卒業の資格を取得することは当然で、授業をしっかりやって学力をつける、進路指導もきちんとやる、あわせて地域との活動も積極的に行い、地域の方にただ教えてもらうのではなく生徒たちも地域に対し貢献しながら自信をつけているという活動が、きちんと評価されてきていると感じています。「何かのときはさくらさんにお願いしたい」という声も多く聞くようになりましたので、学校の設置目的や教育内容がきちんと理解されてきたという実感は持っています。
ただし、前籍校の先生が私たちの学校への入学を勧めてもらうときに、「ここは不登校でも大丈夫だから単位だけもらいにいけば?」という指導をしてもらったのでは困ります。生徒にとってもよい指導ではありません。受け入れて卒業させるだけを目的としているわけではありませんし、卒業後自立できるような教育をきちんと提供しているということ、このことは校長会などでも再三話をしています。また入学希望者には必ず親と一緒に学校を見学してもらって、きちんとこちらの意図を説明して理解を得て、その上で入学してもらうようにしています。
しかし、そうは言っても、卒業と同時に進学・就職できない生徒もいます。そういった生徒たちに対して、その後どう関わっていくのか、どのような形で進路指導を行っていくかは、開校して間もないのでこれからの課題でもありますが、卒業後も生徒との関係は切らないようにということを大前提にしています。
生徒が元気でいられるためには先生の努力が不可欠
校長として学校のなかに入ることになったわけですが、外から見ていたときと比べて驚いたことなどはありましたでしょうか。
学校のなかに入ってみて感じたのは、先生一人ひとりの生徒への関わり方、取り組み方が本当に素晴らしいということでした。生徒たちが元気になった様子などは外から見て知っていたのですが、その陰でどれだけ先生方が努力していたのかということは、外からはわからなかった部分ですね。公立校のことを悪く言うつもりはないのですが、「もし先生がみんなこうだったら不登校生は出ないだろうな」と正直思ったんです。
生徒が先生を信頼しているし、先生は生徒に対して本当に真摯に向き合っている。それが一体となって動くことで、生徒がすごく安心できる環境ができています。その裏で悩んでいる先生もいるかもしれませんが、それを生徒に見せることはありませんし、生徒も「ここの先生たちは自分を裏切らない」と信じているように思います。そういう先生と生徒の関係が、学校全体の空気をあたたかいものにしているということを強く感じますね。そういった環境があるからこそ生徒同士も互いに理解し合い、どのような場面があっても当たり前のように受け入れてごく自然な付き合いをしています。一般の社会では「つまはじきにする」といったことが簡単に起きてしまうのですが、それが本当にない。これは素晴らしいことだと思います。
ただ、ひとつ懸念があるとすれば、社会は決してそういう場所ではないということです。ですから現在の状況にいることで満足するのではなく、厳しい環境に出た後もしっかりと乗り越えられるような力をつけて卒業させるということは、私たちの大事な役割だと思っています。これは進路指導において付加しなければならない大切な部分だと先生方も考えています。
お互いがプラスになる地域との関係
教育特区の学校ということで、地域との関わりは重要だと思いますが、具体的にはどのような形で交流しているのでしょうか。
地域との交流については、学校としても大きな柱のひとつと考えていますし、ただ地域から応援してもらえばいいということではなく、地域と学校がお互いにプラスになるような関係を築くことが不可欠だと思っています。
例えば地元のお祭りでは非常に大きな神輿が出て、それを本校の生徒や先生が一緒になって担ぐのですが、参加させてもらって貴重な経験ができるということは私たちにとってプラスですし、祭りの人手として本校の生徒がいなければ神輿を出すことができないかもしれないと考えると地域にとってもプラスですよね。また、この地域は民話の里と言われているのですが、地域の民話を研究している塩田平民話研究所と協働して、地域の大きなイベントでもある民話フェスティバルに一緒に参加して発表も行っていますし、今後は、さらに地域住民の家庭に入って民話を採集するといったフィールドワークにも生徒たちは取り組むことになっています。
また塩田子育てネットワークの会という地元の団体が、この地域を「すぐりの里」としてPRをすることになっていて、本校はその事務局になっています。これは赤紫色の甘酸っぱい実がなるユキノシタ科の果樹「すぐり」を植えて栽培・収穫まで行い、ジャムなどを作って観光資源としてPRしていこうというものなのですが、これにも生徒が参加して一緒に活動していくことになっています。
生徒にとっては地域の方と一緒に活動することで、教室では学べないさまざまな経験をすることができますし、地域にとっても生徒が加わることで活動が活発になり、人手が必要となる行事も実施することができます。このようにお互いにとって本当にプラスになる活動ができていることは胸を張っていいと思っています。生徒も地域の方々と協同して達成できたという喜びの中で大きな自信を得ていることと思います。
学校が地域とこれほど密接に協働できる関係がつくれている高校はあまり例がないかもしれません。本当に多くの方々から支援していただいていますし、実際卒業式などでも、生徒より来賓が多いくらいです。それだけ支援していただいているということは、期待されているということの裏返しだとも思っていますし、それに応えていくことが私たちの使命なのではないかとも思っています。
信じるものを突き詰めていくことが大切
今後、校長としてどのように舵を取られていくのでしょうか。
荒井学園長が、学校のあるべき姿として最初から言っていたことで、本校のキャッチフレーズにもなっている「楽しくなければ学校じゃない」という言葉があります。この言葉の意味をしっかりと理解して、それを突き詰めていきたい、というのが一番ですね。ただ「楽しければいい」ということではなく、何かを発見したときの驚きや、これまでわからなかったことがわかったときの喜びなど、そういった気持ちこそが本当の「楽しさ」なのではないでしょうか。
そういった驚きや喜びを味わっていく中で、一人ひとりのその人なりのセンスが培われていくのだと私は考えています。人と人が明るくまろやかに接することも「楽しさ」の内にあるでしょうし、地域のさまざまな活動に参加することも、教室では味わえない「楽しさ」を体験できる非常に大切な機会になるのではないでしょうか。「楽しさ」を実感しつつ、力を付けていくところが学校ということですね。そういったことをしっかり生徒に浸透させていくことが大切ですし、授業ひとつを考えてみても先生方それぞれが工夫して、生徒が目から鱗というか、驚いて感じ入るというような楽しい授業を行っていくことが涵養かと思います。また生徒自身が自ら考え、それを実現していく、そういう機会が多く持てるように先生方は心掛けていますが、このことも大切なことだと思っています。
常に新しいものに挑戦していくという考え方もあるとは思いますが、素晴らしいと思うものを突き詰めて煮詰めて発展させていくこともそれ以上に大切なことではないでしょうか。創設者の理念を足並みをそろえて確実に実践していくことが、決して消極的な方策だとは思いませんし、それが本校が目指す方向だと思っているんです。